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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)14355号 判決

原告

紙谷武

右訴訟代理人

根岸隆

被告

藤沢喜明

右訴訟代理人

藤原寛治

大内猛彦

坂東規子

被告

平岩観光株式会社

右代表者

平岩包雄

右訴訟代理人

小川彰

加藤紘

島崎克美

池下浩司

南出行生

榎本孝芳

大原明保

船越豊

主文

一  被告平岩観光株式会社は原告に対し、金二六〇万一八六六円及び内金二四〇万一八六六円に対する昭和五六年一〇月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告平岩観光株式会社に対するその余の請求並びに被告藤沢喜明に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を被告平岩観光株式会社の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金九二九万一二二三円及び内金八四九万一二二三円に対する昭和五六年一〇月二五日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告は、昭和五六年一〇月二四日午前一〇時三〇分ころ、市原市中高根一四一八番地所在の被告平岩観光株式会社(以下「被告会社」という。)所有のゴルフ場「八幡カントリークラブ」(以下「本件ゴルフ場」という。)東五番ホールのティーグランドにおいて、ティーショットを打った瞬間、左後方から飛来したゴルフボールに左眼と左耳の中間を直撃され、頭部外傷性耳鳴、神経性難聴、視神経損傷の傷害を受けた。

右ゴルフボールは、被告藤沢喜明(以下「被告藤沢」という。)が本件ゴルフ場東六番ホールの第二打として打つたものである。

2  被告らの責任

(一) 被告藤沢

被告藤沢は、東六番ホールにおける第二打を打つにあたつては、東六番ホールに隣接し、東五番のグリーンは東六番のティーグランドからわずか一〇余メートルしかなく相互に見通しができるところ、被告藤沢自身が東五番ホールから東六番ホールへ競技のため進行してきており、また、当日は土曜日で隣接コースで他人が競技中であることには高い蓋然性があり、以上の諸事実からは自己の打球の最大飛距離内に他の競技者がいることを十分予想できたのであるから、その所在を確認し、少なくとも他人のいる近くに打球が飛ばないように打球すべき注意義務があるのにこれを怠り、何ら確認せず、力一杯強打した過失により本件事故を生ぜしめたものであり、被告藤沢には民法七〇九条により原告に生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告会社

(1) 被告会社は本件ゴルフ場の所有者であり、かつ占有者であるが、本件事故が発生した東五番ホールと東六番ホールではホール間の間隔が短く、また、東六番ホールのティーグランドを起点として、同所からグリーンに向う方向線に対して、隣接する東五番ホールのティーグラウンドヘの角度がわずか七、八度しかなく、東六番ホールからの打球が東五番ホールティーグランドヘ飛びこむおそれが十分あり、かつティーグランドは特定の狭い区域で全競技者が必ずそこにとどまつて競技しなければならない場所であるから防護する設備が必要であるのに、東六番ホールからの打球の飛来に対して東五番ホールのティーグランドを防護する設備として高さも数も不十分な樹木を植えていただけで防護ネット等の設備を設けていなかつた。

被告会社は本件ゴルフ場の所有者兼占有者として右の点で土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があつたというべきであり、本件事故は右瑕疵に起因して生じたものであるから、被告会社は民法七一七条により原告に生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

(2) 被告会社は営利を目的として本件ゴルフ場を経営しているが、本件ゴルフ場で競技する者は初めて競技する者もあり、飛距離、打球の方向を制禦する技術が異なる多種多様な競技者であり、右各競技者は前記(一)のとおり自己の打球が飛ぶ可能性のある範囲内に他人が存在しないことを確認する義務があるから、この義務の結果として被告会社にも各競技者が右確認を行うのに必要な情報を提供する義務がある。

しかるに被告会社は、被告藤沢が初めて本件ゴルフ場で競技することを知りつつ各ホール間の相互関係を表わす図面等を示して各ホール間の位置関係を教えず、かつ被告藤沢のキャディーも東五番と東六番の各ホールの位置関係につき被告藤沢に何も教示しなかつたものであり、本件事故はこれに起因して生じたものであるから被告会社は民法七〇九条により原告に生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

(一) 原告は本件事故により前記傷害を負い、事故当日内田病院で治療を受け頭蓋骨に骨折等がないことが判明したが、頭痛、耳鳴が続いたため事故の翌々日である昭和五六年一〇月二六日から昭和五七年一〇月一日までの間君津中央病院に通院して治療を受けた。しかし、①左耳の聴力が低下し一〇〇センチメートル以上の距離では話声語の聴取が不能②左眼の視力が裸眼で〇・三、矯正後で一・〇に低下③耳鳴が中程度に継続の各後遺症が残つた。右各後遺症のうち、①は少なくとも自動車損害賠償保障法(以「自賠法」という。)施行令別表一四級三号、②は少くとも同表の一三級一号に該当する。

(二) 右によつて原告は左の損害を蒙つた。

(1) 治療費 八万三八六六円

(2) 通院交通費 五万〇四〇〇円

(3) 傷害慰藉料 六六万円

(4) 後遺症慰藉料 一三〇万円

(5) 後遺症逸失利益 六三九万六九五七円

① 原告は本件事故当時五六歳であり六六九万六七三〇円の年収を得ていたが、前記後遺症により少なくとも一一・五パーセントの労働能力を喪失した。したがつて原告の逸失利益は次のとおりとなる。

②ア 原告は前記後遺症によるも現在まで顕著に収入減を生じていないがそれは原告が製鉄運輸株式会社の海運部次長の職にあり、かつ同社の子会社である君津船舶株式会社の専務取締役として出向中で管理職として勤務しているためである。しかし、原告の右勤務は製鉄運輸株式会社の定年が満六〇歳までであり、幸いにして君津船舶株式会社の役員としての出向が継続しても満六三歳までで以後は退職となり、特技を生かす場合の外、再就職は事実上不可能である。

イ ところで原告は「一級海技士(航海)」(昭和五八年までは「甲種船長」と称した。)の海技免状を有し、約一三年間主として外国航路の船舶に乗船し、以後も専ら右免状及び海上勤務経験を生かして各社に勤務してきたものである。そして右定年退職後も本事故がなければ右海技免状を利用して外国航路の船長として勤務して収入を得る意志であつたし、それが可能であった。六〇歳以上の「一級海技士(航海)」免状受有者は外国航路船長として各海運会社に雇傭されており、その場合少なくとも年収七四五万円以上の手当が支払われており、原告も少なくとも同額程度の収入を得ることが可能であつた。

ウ 原告は本件事故前は身体は全く正常であり、本件事故がなければ外国航路船長として再就職は十分に可能であつたが、前記のとおり本件事故によつて聴力及び視力が低下したため右再就職は事実上不可能となった。海技免状者にとつて聴力及び視力は極めて重要であるからである。

エ 以上の諸事実からは現在まで給与面で特に不利益な扱いを受けていなくても原告が将来従事すべき職業の性質に照らし、特に転職に際して不利益な取扱いを受けるおそれがあり、後遺症に起因する労働能力低下に基づく財産上の損害があるというべく、これは六三九万六九五七円を下るものではない。

(6) 弁護士費用 八〇万円

原告は原告訴訟代理人に委任して本訴提起、追行のやむなきに至りその報酬として八〇万円の支払を約した。

4  よつて、原告は被告らに対し、各自、不法行為による損害賠償請求権に基づき、九二九万一二二三円及び内弁護士費用を除いた八四九万一二二三円に対する不法行為の日の後である昭和五六年一〇月二五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

(被告藤沢)

1 請求の原因1の事実のうち、原告主張の日時、場所において被告藤沢が本件ゴルフ場東六番ホールの第二打として打つた打球が原告の頭部にあたつたことは認め、右打球が原告を直撃したことは否認し、その余は不知。被告藤沢及びその同伴競技者は打球が東六番ホールから東五番ホールに越えようとしたとき両ホールの間に存する林の木にあたつた音を聞いており、打球が原告を直撃したことはない。

2 請求の原因2(一)の事実のうち、東五番ホールが東六番ホールに隣接していること、東五番ホールのグリーンは東六番ホールのティーグランドから一〇余メートル離れていること、被告藤沢が東五番ホールから東六番ホールへ競技のため進行してきていること、当日は土曜日であつたことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

東六番ホールの左方には樹木が壁のように植栽されており、左方の東五番ホールが約七、八メートル高いため両ホールの状況を相互に見通すことはできないし、被告藤沢は本件ゴルフ場に事故当日初めて訪れたもので事前にコースのレイアウトを知る由もなく、競技中も東五番、東六番の両ホールの相互の状況を了解できなかつたから、原告の存在を認識する可能性はなく、結果発生について予見可能性はなかつたというべきである。

原告主張の確認義務はゴルファーの最大飛距離内の地域全部におよぶものではなく、ゴルファーが意図する打球方向の一定範囲内に限定されるべきである。また、高低差のある地形や樹木、ネット等の工作物の存在によつて打球がその場所まで届くことが通常予想しえない地域に関しては、仮りにそこが最大飛距離内であつても原告主張の確認義務の範囲外である。そしてゴルファーの打球が他人のいる近くへ飛ばないようにする義務は確認義務の対象地域と同じく、自己が着球しようと意図する一定の方向の中に他人の存在が確認された場合、あるいは他人が存在する蓋然性が高い場合に打撃を中止する義務としてとらえなければならず、ゴルファーの全く意図しない方向、あるいは地形上の特質、樹木等の工作物の存在等によつて自己の打球がそこまで飛んでいかないであろうと認められる地域に他人がいた場合には打撃を中止をする必要はない。

本件においては、原告は被告藤沢がボールを飛ばそうとした方向にいたのではなく、また、その場所は樹木等の工作物あるいは地形からみて客観的にゴルフボールが飛んでいかないような地域であつたから被告藤沢には確認義務はなく、また、打撃を中止すべき義務も科せられていなかつた。

3(一) 請求の原因3(一)の事実は不知、主張は争う。

(二) 同(二)のうち、(5)①は否認し、(1)、(2)、(6)は不知、その余は争う。

原告には労働能力の減少はない。また、原告主張の後遺症が仮にあるとしても、原告の将来の稼動可能性については、海運業界が不況で雇傭の不安が生じていることは公知の事実であり、本件事故に遭遇しなければ七〇歳まで稼動しえたという蓋然性はなく、さらに原告が高年令時の就職に障害となると主張する後遺症状は他面、高年令になるにしたがつて本件事故に遭遇しなくても必然的に人間に出現する老化現象であり、全てを本件事故と結びつけることはできない。

4 被告藤沢の主張

(一) 被告藤沢は、結果的に原告に当つたゴルフボールを打つ際ゴルフ競技のルールや作法に従い、相当の注意をして打撃をなし(ママ)おり重大なルール違反はないから同被告に過失はない。

(二) 危険性を伴うゴルフというスポーツに参加する者は競技の過程において被害を受けた場合に、加害者において故意又は重大な過失がなく、かつ事故の原因となるようなゴルフのルールや作法に反する行動のない限りゴルフ競技中において通常予測しうる危険はこれを受忍することに同意したものというべきであり、被告藤沢の行為には違法性はなく、同被告に責任はない。

(被告会社)

1 請求の原因1の事実のうち、原告が原告主張の日時、場所において被告藤沢が第二打として打つたゴルフボールにあたつたことは認め、その余は不知。

被告藤沢が第二打を打つた地点から東五番ホールのティーグランドまではおよそ一八〇ないし二〇〇メートルあり、しかも打ち上げの形となり、また、被告藤沢は四番アイアンのクラブを使用したが右クラブで打つてそれだけ飛ぶことは異例であり、球は樹木に当り、跳上つて東五番のティーグランドにまで達したと考えられる。

2(一) 請求の原因2(二)(1)の事実のうち、被告会社が本件ゴルフ場の所有者であり占有者であることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があるという意味はその工作物が本来備えていなければならない性質又は設備を欠くことをいい、特に危険な工作物に関しては危険の発生を防止するに足りる保安設備を有していない場合にも設備上の瑕疵があるとされる。そして危険の発生を防止するに足りる設備か否かを通常予想される危険を防止できるだけの安全性を具備しているか否かによつて判断されるべきものであり、極めて稀有な万が一の出来事の発生まで予測した設備を設ける義務はない。

本件ゴルフ場東六番ホールから打つた場合東五番ホールの方向に飛ぶことも当然ありうるが、両ホールの間には通常の危険防止のために次のような設計が施されている。

① 両ホール間には五メートル以上の高さの樹木(高いものは一〇メートル近くある。)が、間断なく密生して植えられており、その樹木帯の幅は約二〇メートルから八〇メートルある。

② 両ホールの間には約六メートルの高低差が設けられ、右の樹木の高さを加えるとその高低差は一〇メートルから一五メートルとなる。

これにより通常東六番ホールから東五番ホールの方向に飛んでくる球はこれらの樹木帯に遮られて樹木の中に落下してしまい東五番ホールまで球が飛んでくることは殆んどないから通常危険はなく、本件のような極めて異例で稀有の事態にまで備えて安全設備をする義務はなく、防護ネット等の必要性も認められない。

また、ゴルフ場で競技する者はゴルフというものの性質上ある程度の危険が伴うことであること、隣接ホールからの飛球があることを承知している。したがつてホール間には通常の安全が確認される設備がなされていれば足り、絶対の安全性まで求められるものではないことは十分承知しその限度においての危険を受忍している。

(二) 請求の原因2(二)(2)の事実のうち、被告会社が営利を目的として本件ゴルフ場を経営していること、被告会社にコースの状況につき情報提供する義務があることは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

被告会社はクラグハウスにコースの略図を掲示し、各ホール毎にキャディーが情報を提供しており、コースの状況につき情報を提供する義務は尽くしており過失は存しない。

3 請求の原因3の事実はいずれも不知。

第三  証拠<省略>

理由

一事故の発生

1  請求の原因1の事実のうち、昭和五六年一〇月二四日午前一〇時三〇分ころ、被告会社所有の本件ゴルフ場東五番ホールティーグランドにおいてゴルフ競技をしていた原告に、被告藤沢が本件ゴルフ場東六番ホールの第二打として打った打球が当たつたことは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実並びに<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

(一)  本件ゴルフ場には東コース、西コース、中コースの三コースがあり、各コースはそれぞれ九ホールから成り、東六番ホールにはフロント及びバックの二つのティーとベント及び高麗の二つのグリーンがあり、ベントグリーンまでの距離はバックティーから約三三二メートル、フロンティーから約三〇六メートルであり、ほぼ直線であるが、ティーグランドから前方ホール左寄りのバンカー付近まではなだらかな下り勾配、その後グリーンまではなだらかな上り勾配となつている。

東五番ホール(途中から進行方向左に曲つているドッグ・レッグ・ホールである。)と東六番ホールの位置関係は別紙図面のとおりであるが、全体として東五番ホールが東六番ホールより高くなつており、前記東六番ホールの傾斜に従い、東六番ティーグランドと東五番グリーンで約三メートル、東六番中央部左寄りバンカーと東五番ティーグランドで約六メートルの高低差があるが、東六番グリーンと東五番ティーグランドでほぼ同一となる。また、両ホールの間には高低差による傾斜地上に高さ約五メートルから八メートルの樹木が約一〇メートルから八〇メートルの幅をもつてほぼ間断なく植えられている。

(二)  被告藤沢は当時ゴルフ歴は約一〇年であったが、事故当日である昭和五六年一〇月二四日、初めて本件ゴルフ場を訪れ、午前九時ごろから本件ゴルフ場東コースを回り始め、東一番ないし五番ホールを経て東六番ホールに至った。当日は東六番ホールではフロントティー及びベントグリーンが使用されており、被告藤沢は東六番フロントティーから第一打を打つたが打ち損じ、打球は右ティーから約四五メートル前方のホール左端に設置された水道栓の前方約四〇メートルのラフに落下した。この位置からは東六番ホールのベントグリーンまでは約二〇〇メートル、東五番ホールティーグランドまでは約一八〇メートルであり、方向は前者が右斜め前方、後者が左斜め前方となり、その角度は一〇度ないし一五度である。

被告藤沢が第一打を打つた東六番ホールティグランドからは東五番ホールティーグランドは見通すことができず、被告藤沢もその位置を認識していなかつた。

(三)  被告藤沢は右地点からは距離的にグリーンまでは届かないからグリーンの近くへ寄せようと思い、ベントグリーンやや左方向を狙つて四番アイアンで第二打を打球したが、引つ掛けてしまい、打球は先ず一〇〇メートル位真直ぐに飛んだものの急に左へ大きく曲がり、前記東五番ホールとの間の樹木帯の上方へ飛んでいき、東五番ホールティーグランドでティーショットを打つた直後でフォロースルーに入ろうとしていた原告の左頬辺りに直接あたつた。

被告藤沢が第二打を打つた地点からも東五番ホールティーグランドは見通すことができず、被告藤沢もその位置を認識していなかつた。

(四)  右事故により、原告は頭部外傷性耳鳴、外傷性神経性難聴、外傷性視神経損傷の傷害を受けた。

以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

二(被告らの責任)

1  被告藤沢

(一)  原告は、被告藤沢は東六番ホールにおける第二打を打つにあたり、自己の打球の最大飛距離内に他の競技者がいることを十分予想できたのであるから、その所在を確認し、かつ他人のいる近くに打球が飛ばないように注意して打球すべき義務があるのにこれを怠り、何ら確認せず力一杯強打したもので、被告藤沢には右の点で過失があると主張する。

(二)  しかしながら、ゴルフというスポーツは体積が小さい割合に重量が重いゴルフボールをクラブで打撃して高速で長距離飛行させるもので、打球の方向や着球地点を任意に調節することが困難なことを前提として打球の方向や着球地点の正確さを競うものであり、打球の調節が困難であるから、ゴルフコースの設置状況いかんによつては思わぬ方向へ打球が飛び、他人にあたる危険性は否定できないが、ゴルフというスポーツの存在を認める以上競技者としては、その技量、飛距離等に応じ自己の打球が飛ぶであろうと通常予想しうる範囲の他人の存在を確認し、その存在を認識するか、認識しうる場合に打撃を中止すれば足りるものというべきである。

(三)  本件についてこれをみるに、前記認定の事実によれば、被告藤沢は東六番ホールで第一打及び第二打を打つたが、東五番ホールとの間には高低差及び樹木帯があるためそのいずれの打球地点からも原告のいた東五番ホールティーグランドを見通すことはできず、また、仮に東五番ティーグランドの位置を認識する可能性があつたとしても、競技者としては、前記高低差及び樹木帯を越えて打球がそこまで届くことは通常予想しえないというべきであるから、被告藤沢には原告の存在を確認し、打撃を中止すべき義務はなく、過失は存しない。

したがつて、被告藤沢は、原告に対し不法行為による損害賠償責任を負わないというべきであり、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告藤沢に対する請求は理由がない。

2  被告会社

被告会社が本件ゴルフ場の所有者であり、占有者であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、東六番ホールのティーグランドとベントグリーンとを直線で結んだ線と同ティーグランドと東五番ホールのティーグランドを直線で結んだ線との角度は約一〇度程度であり、両ホールの間隔は、別紙図面のとおり東五番ホールは左へ湾曲しているため、約八〇メートルの部分もあるが、東六番ホールティーグランドからグリーン方向に進むに従いその間隔は狭くなり、約一〇メートルから三〇メートルとなること、これに対して、東五番ホールティーグランドには、ティーグランドからフェアウエイに向かつて右斜め前方及び左斜め後方に一つずつ金網が設置されているが、前者は東五番ホールに東六番ホールと反対側で隣接する東四番ホールからの飛球の防護のためのものであり、後者はその位置からも東六番ホールグリーンで打ちあげるボールの防護のためであり、東六番ホールフェアウエイ方向からの飛球に対する防護のためのものでなく、これに対する防護設備としては金網等は何ら設置されていないことが認められ、これに反する証拠はない。

また、前記認定のとおり、東五番ホールと東六番ホールの間には約五メートルから八メートルの高さの樹木が約一〇メートルから八〇メートルの幅で植えられているが、<証拠>によれば、東五番ホールのうち、そのティーグランドは東六番ホールに最も接近し、間隔が短い地点の一つであり、かつ高低差も小さい地点であること、右樹木も、両ホールの間隔部分に植えられており、その幅の狭いところは樹木の数も少ないこと、樹木の数、密度、高さはどの地点でもほぼ一定で、特に東五番ティーグランドを防護すべくその側の樹木の数を増やしたり、それを高くしたりしてはいけないことが認められる。

以上の諸事実によれば、両ホール間の樹木及び高低差は、必ずしも東五番ティーグランドヘの東六番ホールからのボールの飛来を防禦できるものではなく、他にこれを防護すべき施設を設けることなく、東五番ホールティーグランドを東六番ホールグリーンからわずかの角度をとつただけで近接させれば、本件のような事故が起きることは予想できるところであり、両者を近接して設置し、しかも、東五番ホールティーグランドに東六番フエアウエイ方向からのボールの飛来を防止できる程度の防護ネット等の障壁を設けなかつたことは土地の工作物の設置、保存に瑕疵があつたものといわざるを得ず、したがつて被告会社は本件ゴルフ場の占有者として原告に対し民法七一七条により、原告に生じた後記損害を賠償する責任があるというべきである。

これに対して被告会社は、ゴルフ場にプレイに来る者はゴルフというものの性質上ある程度の危険が伴うものであり、ゴルフの各ホール間には絶対の安全まで求められるものでなく隣接ホールからの飛球があることを承知し、その限度で危険を受忍していると主張する。

確かにゴルフコースにおいて絶対の安全性が求められるものではないが、ゴルフ場に競技に来る者はゴルフ場が通常予想される危険を防止できる設備を備えていることを信頼してよく、これを前提としてなお事故が生じた場合にこれを受忍しており、又は受忍すべきであるというにすぎず、本件においては前記認定のとおり本件ゴルフ場には右のように通常予想される危険を防止できる設備に瑕疵があり、これに起因して本件事故が発生したのであるから、原告が危険を受忍していたとは到底いえず、被告会社の主張は採用できない。

三損害

1  <証拠>によれば、原告は本件事故により前記認定の頭部外傷性耳鳴、頭部外傷性神経性難聴、外傷性視神経損傷の傷害を負い、事故当日、内田病院で活療を受けたが、頭痛、耳鳴が続いたため、昭和五六年一〇月二六日から昭和五七年一〇月一日までの間一八回にわたり君津中央病院に通院して治療を受けたこと、この間昭和五七年三月二九日には症状固定し、中程度の耳鳴、一〇〇センチメートル以上の距離では話声語の聴取が不能となる左耳聴力低下、左眼の視力が本件負傷前の昭和五六年九月八日当時裸眼で〇・九、矯正後で一・五あつたのに裸眼で〇・三、矯正後で一・〇に低下する後遺症が残つたことが認められ、これに反する証拠はない。

2  そこで、原告の蒙つた損害額について判断する。

(一)  治療費(文書料を含む)

<証拠>によれば、原告が出損した治療費(文書料を含む。)は八万三八六六円であることが認められる。

(二)  通院交通費

<証拠>によれば、原告は本件事故の翌々日から出勤し、勤務先から君津中央病院へタクシーで通院し、五万〇四〇〇円を出損したこと、右病院へは一回乗り換えを必要とし、片道約一時間半を要するがバスによつても行くことができること、原告がタクシーを使用したのは通院の時間で勤務先の業務に支障を生じないように配慮したためであることが認められる。

ところで、バスで通院した場合相当の通院時間を要するが、タクシーを使用した場合要する時間及び通院時間が与える業務への支障の程度は明らかでなく、前記認定の原告の傷害の部位、程度及び通院開始日にはすでに勤務先へ出勤していたことからすればその通院にタクシー使用を必要とするとは認められない。したがつて、原告の出捐したタクシー代のうち本件事故と相当因果関係のあるのは一往復一〇〇〇円をもつて相当と認め、通院日数一八回を乗じた額である一万八〇〇〇円を相当と認めるべきである。

(三)  後遺症逸失利益

原告は本件事故により前記1の後遺症を負つたが、他方<証拠>によれば、本件事故後原告には具体的な減収は生じていないこと、それは事故当時から原告が君津船舶株式会社に出向し専務取締役として管理職の地位にあるからであること、君津船舶株式会社で原告は満六三歳の定年まで現在の状況のまま勤務を継続できる蓋然性が高いことが認められる。

また、<証拠>によれば、原告は海技免状の中では最高の一級海技士(航海)の免状を有しており、右免状受有者は満六〇歳以上の者でも海運業者に雇傭され外国航路船長として稼動し、相当高額の年収を得ている例もあることは認められるが、本件事故による後遺症がなかつた場合に原告が雇傭され得る蓋然性、その勤務期間につきこれを明らかにしうる証拠はない。

結局、原告が後遺症のために身体的機能の一部を喪失したこと自体を損害として観念することができるとしても、原告の後遺症の程度は重篤とはいえず、かつ現在又は将来における収入減少も認められないから、原告に後遺症による財産上の損害を認めることはできない。

ただし、<証拠>によれば海技免状にとつて視力、聴力が最も重要な要素であることが認められ原告の有する特殊技能を生かす可能性の減少は明らかであるから、右損害について後記慰藉料において斟酌することとする。

(四)  慰藉料

前認定の受傷の部位、程度、治療経過その他前記事情を含めた一切の事情を考慮すると慰藉料としては二三〇万円が相当というべきである。

(五)  弁護士費用

原告が本件訴訟の提起、遂行を弁護士である原告代理人に委任していることは本件記録上明らかであり、本件事案の難易、請求額、認容額その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、損害として請求しうる弁護士費用の額は二〇万円とするのが相当である。

四よつて、原告の被告らに対する請求は、被告会社に対し、二六〇万一八六六円及びうち弁護士費用を除いた二四〇万一八六六円に対する不法行為の日の後である昭和五六年一〇月二五日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告会社に対するその余の請求及び被告藤沢に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(篠田省二 高田健一 草野真人)

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